
20世紀スペインを代表する偉大な天才詩人であり劇作家でもあったロルカには、まぎれもない“詩人の血”が流れていた。アンダルシアの大地に根ざした“詩人の血”は、明るい豊かさと暗い情熱を持ちあわせ、ロルカ自身、そしてその作品に触れた全ての人々を虜にしてしまう魔法のような牽引力を持っていた。ダリやブニュエルといった芸術家たちとも深い友情で結ばれ、多くの影響を与えた。『ジプシー歌集』『血の婚礼』といった代表作は、激しい情熱と冷たい死に彩られ、読む者に太陽のように強烈な印象を与え、月のように深く心にしみわたった。時にはそれらの自作の詩をピアノやギターで弾き語ったという。また、画家としてもダリが嫉妬するほどの才能を発揮した。
1936年8月19日未明、ビスナールの丘にある一本のオリーブの木のそばで、フェデリコ・ガルシア・ロルカは暗殺された。闇の中で何があったのかは未だに謎に包まれている。アンダルシアの月だけがそれを観ていた。
この映画はその謎に迫り、歴史的事実とフィクションを大胆に組み合わせて展開していく見応えあるミステリーである。内線勃発時に、ロルカの詩を愛し、ロルカその人と強烈な出逢いをしたふたりの少年リカルドとホルヘが、その牽引力に焼き尽くされるが如くたどるふたつの運命。内戦という極限状態の中で人生を選択していかなければならなかった普通の人々の悲劇が、天才詩人の死という史実に深い余韻を添えている。
ルネッサンス人のような豊かな才能を持った繊細な芸術家が、何故38歳の若さで死ななければならなかったのか?彼のリベラルな思想とファシズム批判が危険を招いたと言われるが、“スペイン内戦の悲劇の象徴”とされたロルカの死の事情は明らかにされていない。当時、ロルカと親交のあった人々は死を覚悟しなければならなかったというが、この時代の不穏な状況が映画をドラマティックに盛り上げている。
ロルカを演じるのは『ゴッドファーザー PART III』のハリウッド・スター、アンディ・ガルシア。その役柄の価値を心底、信じるまでは出演を引き受けない俳優として知られるガルシアは、従来のハリウッド作品とは異なるこのドラマの真価を認め、ロルカ役を熱望したという。ガルシアは伝説の詩人の死の直前の輝きと苦悩を見事に演じ、新しい魅力を見せている。
スペイン内戦勃発直前、ロルカの詩と戯曲に夢中になっている13歳の少年リカルドと親友ホルヘのふたりは、故郷グラナダからマドリッドまで彼の舞台を観に行く。そこでリカルドはロルカと感動の対面を果たす。「私のことを忘れるな」と詩人は少年に言った。それはリカルドにとって生涯、忘れ得ぬ瞬間であった。
1954年、プエルトリコ。新聞記者となったリカルドは18年前の衝撃的な事件を忘れられずにいた。反乱軍が蜂起し、あのロルカも何者かの手によって暗殺されていたのだ。その死の謎を解明するため、再びグラナダの地を踏んだリカルドの前に過去の幻影が、やがて思いも寄らぬ犯人の姿となって浮かびあがってくる…
物語はリカルドの記憶の中から始まり、柔らかな少年の心に「詩人の血」を甘く美しく染み込ませていく。あの日出会ったロルカはあまりにもまぶしくて他のものをすべて見えなくしてしまった。しかし、大人になってロルカの死に関わった人々を調べていくうちに、あの頃欠けていた記憶、見えなかった事実が次々に浮かび上がり、まるでパズルが完成するかのようにロルカの死の謎が見えてくる。そしてそれは、あのスペイン内戦という過酷な時代の真実の姿でもあった。誰かが誰かを責めることなどできはしない。真実を知った時、リカルドもまた親たちのように選択を迫られることになる。祖国の傷を少しずつ背負っていく人々の胸に、ロルカはいつまでも生きている。そしてロルカも今でも彼らを見つめているのだ。
この映画はロルカに魅せられた人々の不思議なつながりによって制作されている。
1965年、フランコ独裁政権下でロルカのことを口にするのはまだタブーとされていた頃、アイルランド人の学者であるイアン・ギブソンはスペインに渡り、ロルカの綿密な調査を行った。主人公リカルドの成長してからの姿は、まさにこのギブソンをモデルにしている。後に彼はその調査の結果をロルカの伝記として出版した。「突然、マルコス・スリナガという映画監督から電話がかかってきて、私の作品のアメリカ版を読んだばかりだと言うんだ。信じられないくらい話が合って、すぐに脚本に取り掛かろうということになった。
プエルトリコの映画監督マルコス・スリナガも子供の頃にロルカの魔法に取り憑かれた者の一人だった。学校ではよくロルカの歌を歌っていたという。スペイン内戦中とその後の民族主義による抑圧のため、多くのスペイン知識人がプエルトリコに逃れてきた。「だからロルカの作品は出版され、自由に手に入った。スペイン本国では読むこともできなかったのに」スリナガは故ラウル・ジュリア主演で、第二次世界大戦前夜のプエルトリコにおける政治的陰謀を再現した映画『ラ・グエン・フィエスタ』でアカデミー賞最優秀外国語映画賞部門にノミネートされている実力派監督である。他にラウル・ジュリア、バレリア・リンチ主演のダンス狂想劇『タンゴ・バー』がある。
また、『ミ・ファミリア』『ネイキッド・タンゴ』のイーサイ・モラレスが、ロルカの死の謎を追うリカルドの役を熱演している。他に『ブレードランナー』のエドワード・ジェームズ・オルモス、『不滅の恋 ベートーベン』『カストラート』のジェローン・クラッベ、『雲の中で散歩』のジャンカルロ・ジャンニーニなどのベテランが脇を固め、ドラマに厚みを加えている。
そして、スリナガ監督と古くから親交があった『アダムス・ファミリー』の名優、故ラウル・ジュリアがこの映画プロジェクトのために計り知れない活動を行った。残念なことに映画が完成する前に亡くなってしまったが、この映画は彼に捧げられたものでもある。こうしたスタッフ・キャストのこの映画に対する熱い思いが、ロルカをスクリーンに鮮やかに蘇らせたのだ。