DEATH IN GRANADA - CAST & STAFF -

CAST


ロルカ
アンディ・ガルシア

リカルド
イーサイ・モラレス

アギーレ大佐
ジェローン・クラッベ

ロベルト・ロサーノ
エドワード・ジェームズ・オルモス

タクシー
ジャンカルロ・ジャンニーニ


センテーノ
ミゲル・フェラー

マルセラ・ウォラースタイン
マリーナ・サウラ
エウセビオ・ラサーロ
ホセ・コロナード
エミリオ・ムノス
テレサ・ベルガンサ
ナイム・トーマス
ゴンサロ・ペンチェ
ブラキ


STAFF


監督・製作・脚本
マルコス・スリナガ

製作
モクテマス・エスパルザ
ロバート・カッツ

製作総指揮
エンリケ・セレーソ

脚本
ニール・コーエン

原案
イアン・ギブソン

撮影監督
ファン・ルイス・アンチア

編集
ギリェルモ・レプレッサ

美術監督
ヒル・パロンド

衣裳デザイン
レオン・レブエルタ

ライン・プロデューサー
デニーズ・オデル

プロダクション・マネージャー
マーク・アルベラ
共同製作
カロリン・カルデラ

助監督
セバスティアン・G・シルバ

アブダ・チャプルテペク

アート・ディレクター
エドゥアルド・イダルゴ
アントニオ・パトン

サウンド・ミキサー
アントニオ・ブロチ

メイクアップ主任
ミゲル・セセ

ヘアドレッサー主任
パカ・セセ

キャスティング
ルーベン・キャノン
カミーリャ=ヴァレンティン・イソラ
キャロル・ダドレー

ロケ主任
エウヘニア・ソレール

国際広報
コルベット&キーン

◆◆ オマケ ◆◆

★エドワード・J・オルモスは東映映画『白昼の死角』や角川映画『復活の日』などの邦画出演経験があります。親日家で、子供には日本語の御子/皇子/巫女にちなんだミコと命名したそうな。『落ちこぼれの天使たち』ではアンディと、テレビムービー『バーニング・シーズン』では故ラウル・ジュリアとも共演!

☆アンディが亡くなったという怪情報が一部に流れたようですが、この作品に関わっていながら急逝したラウル・ジュリアと混同された誤認ガセネタだったと思われます。

★ジェローン・クラッベはオランダ出身で、007『リビング・デイライツ』やハリソン・フォードの『逃亡者』等に出演しています。

★ミゲル・フェラーはホセ・フェラーの息子でジョージ・クルーニーとはイトコ。出演作には『ロボコップ』、ケヴィン・コスナー主演『リベンジ』、S・キング原作『ナイトフライヤー』があります。

アンディ・ガルシア

キューバ生まれの俳優アンディ・ガルシアは、映画史専門家で批評家のデヴィッド・トンプソンに「いわゆる“イタリアンジェネレーション”の力と地位を継ぐような立場の最も近くにいる俳優」と認めさせている。(イタリアンジェネレーションとは1970年代に現れたアル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、イタリア系の役柄を演じたジェームズ・カーン、ハーヴェイ・カイテルなど指している)

『ロルカ、暗殺の丘』でガルシアはスペインの著名な詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカを演じる。スペイン内乱勃発時の1936年、グラナダでファシスト分子によって絶頂期に殺されたロルカは20世紀における最高の詩人および劇作家として認められている。この映画はロルカの殺害犯を探す一人の男の物語であり、ロルカの死には全ての人々に責任があるという主人公の解釈を描いている。

ガルシアは主にロルカをフラッシュバックの中で演じている。ケネス・ブラナー監督のサスペンス作品『愛と死の間で』(1991年)に出演した際、エマ・トンプソン演じるコンサートピアニストとブラナー演じる夫の仲を裂く新聞記者として登場した時と同じような、謎めいた雰囲気をここでも醸し出している。

ガルシアは、ハル・アシュビー監督『800万の死にざま』(1986年)の冷酷な悪党役でチャンスを掴み、ブライアン・デ・パルマ監督『アンタッチャブル』(1987年)に起用された。その後、リドリー・スコット監督の『ブラック・レイン』(1989年)、マイク・フィギス監督の『背徳の囁き』(1990年)そしてフランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー PART III』(1990年)…と着実に実力をつけていったことがわかる。このヴィンセント・マンシーニ役ではアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞にノミネートされ、さらに同年、劇場主協会による「スター・オブ・ジ・イヤー」に選出された。また、アメリカの舞台芸術と異文化間交流への傑出した寄与に対し、ハーバード大学財団から栄誉を讃えられている。

イーサイ・モラレス

危険な魅力をたたえたアメリカの俳優イーサイ・モラレスがリカルド・フェルナンデス役を演じる。この役柄についてモラレスは次のように語っている。「これまで演った役の中で一番、本来の自分に近い。悪い奴には見えないってところがね」

モラレスはこれまでロルカの人生に無縁ではなかった。ロサンゼルスで演技の勉強をしていた時にロルカの戯曲を演じたことがあったし、イアン・ギブソンの伝記を読んだこともあった。しかし何よりも彼を魅きつけたのは、この映画の主人公リカルドのキャラクターだった。「自分のようだと思った。人生でより良いものを好む知的な人物。ポップカルチャーより古典文学を愛する。けれどリカルドは教授であり人好きのする人物であっても、完璧な人間ではない。彼はスペインに戻らなくてはならなかった。ロルカ殺害の犯人を知るためだけではなく、自分自身を見つけるために。心の奥底で、まるで自分がロルカの死に責任があるかのように罪の意識を感じるんだ。しかし真相を知ると、ある意味でみんなに責任があったとわかる。全員がロルカの血を浴びていたということが」

モラレス自身はロルカの死を受け入れるのは容易ではないという。「これだけの国家の宝を殺すなんて出来るかい?彼は若くして亡くなってしまったが、世界で最も模倣され翻訳されている戯曲は彼のものなんだ」スペインの質素で平凡な人々を描いたロルカの作品に溢れている愛と、特権階級や富裕階級に対する批判にモラレスは魅きつけられるという。「この映画はそういう姿勢を反映している。ロサーノやアギーレのように社会でトップにに君臨すると考えられる人々は、実に最も狂った連中だ。映画の中で一番正直なのはジプシー、売春婦、それにタクシー運転手だ」
モラレスによれば、コマーシャルフィルムを作った経験は、プエルトリコ出身のスリナガ監督を「あることに関しては極めてテクニカル」にしたそうだ。「彼にはいい目と耳がある。それに一生懸命仕事をする。私は彼の言語を勉強しているが、彼も英語の勉強をしてきたそうだ」
モラレス自身は監督をやってみたいのだろうか?「やろうと思ってる。試しにテレビの『アメリカズ・モスト・ウォンテッド』のエピソードを手がけてみたが、かなり良かった。適当な素材が見つかるまで待とうと思っている。それまで1年かそこらは人気映画に出たいね」

31歳になるモラレスはこれまでラテン系チンピラを演じてきたが、1983年リック・ローゼンタール監督の『バッド・ボーイズ』でショーン・ペンと共演し、その名を知らしめた。ルイス・バルデス監督『ラ・バンバ』、好評を博したグレゴリー・ナヴァ監督作『ミ・ファミリア』、他にレナード・シュレーダー監督『ネイキッド・タンゴ』、ジョフ・マーフィ監督『フリージャック』、ケヴィン・レイノルズ監督『モアイの謎』などに出演している。
モラレスにとって『ロルカ、暗殺の丘』はいろいろな意味で思い出深い作品になるだろう。曰く…「映画でネクタイをしめたのは初めてだ」

エドワード・ジェームズ・オルモス

同年代では最も評価されているメキシコ系アメリカ人俳優のオルモスは、ハリウッドスターの中でいち早く『ロルカ、暗殺の丘』に関わり、企画段階から尽力したメンバーの一人である。
「6年前に親友のラウル・ジュリアがマルコス・スリナガ監督に会わせてくれた。そこからこの企画を実現させるために一緒に頑張ってきた。ストーリーは並外れて優れたものだったし、シナリオは奥深くダイナミックな登場人物を表現している。楽しく演技できるだろうと思った。残念なことにラウルは映画が完成する直前に亡くなってしまったが、敬意を込めてこの作品を彼の思い出に捧げたい」

オルモスは自らが演じるロサーノ−抹殺に加担した政治権力のメンバーで最初はロルカを恐れているが、後にロルカ作品の出版者となって自分の罪を軽くしようとする人物−についてこう語ってくれた。
「ロルカ殺害の犯人は誰も知らない。それこそがこの映画の主題なんだ。というのは当時、実際にグラナダで権力を握っていた者全員がロルカを殺してしまったからだ。彼らは天才巨匠を抹殺した。20世紀における不世出の詩人を」

オルモスは華々しくキャリアを飾るような作品よりも、社会的な問題意識を扱った作品への出演を選んできた。リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』の悪人ガフ役で世界の注目を浴び、その後マイケル・マンの有名なテレビシリーズ『マイアミ・バイス』では得体の知れないカスティージョ警部補役を射止めた。ロバート・M・ヤング監督の『ザ・バラード・オブ・グレゴリオ・コルテス』(1982年)では殺人容疑で起訴されるメキシコ人農民を、ラモン・メネデス監督『落ちこぼれの天使たち』(1988年、アンディ・ガルシアも出演)では東ロサンゼルス地区にある荒っぽい学校の数学教師を演じて絶賛された。
ロサンゼルス生まれのオルモスはエディ・アンド・パシフィック・オーシャンというバンドのリーダーをつとめていたが、舞台演劇の世界に入った。映画出演作にはグレゴリー・ナヴァ監督『ミ・ファミリア』(1995年)、ロバート・M・ヤング監督ウィレム・デフォー主演『生きるために』(1989年)、テレビでは『ヒル・ストリート・ブルース』や『バーニング・シーズン 燃える熱帯雨林』にも出演し、ACE(アメリカ映画編集者協会)賞を獲得した。1992年には協同脚本執筆、製作兼監督をこなした演劇『アメリカン・ミー』に出演、現在は次の監督作としてメキシコの革命リーダーであるパンチョ・ビラの伝記映画に取り組んでいる。

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