結婚パーティを巡っての笑えないコメディ。デ・パルマやデ・ニーロの参加のおかげでビデオが発掘リリースされましたが、取り立てて見るモノでもない凡作。しかしデ・ニーロが若いっ!初期作品の『マンハッタンの哀愁』や『ブルー・マンハッタン』もほとんどコレと同じ感想しかないので割愛します。
衛星放送では『バング・ザ・ドラム・スローリー』までついていたと思います。大リーグの投手ヘンリーが親友の捕手ハリーが白血病に冒されていると知り、せめてもう1シーズンを共にプレイしようとサポートするマイナーな友情物語。なかなかいい味が出ています。これまたデ・ニーロが若いっ!さすがにこの頃は華奢で、大リーグの選手に見えないのは難ですが…。56年に出た原作が先にTVドラマ化された時にはポール・ニューマン主演だったそうな。

80年に劇場公開された73年スコセッシ監督作です。定職を持たないチャーリーは叔父のレストランを任される代わりに、親友ジョニー・ボーイと手を切るように言われ…というN.Y.のリトル・イタリーを舞台にした青春映画です。人間模様を暗い生々しさで描写し、スコセッシのN.Y.感覚を凝縮させたようなパワーに溢れた闇がありました。デ・ニーロの出世作であり、ハーヴェイ・カイテルのエキセントリックさと共に印象に残ります。
同じ日に生まれた幼なじみ、大地主の孫アルフレードと小作人の孫オルモの数奇な生涯を、ファシズムの影や農民運動〜戦後の農地解放を交えた激動の時代の中に綴った二部構成の超大作です。基本的にベルトルッチ監督とは相性が合わないし、直視できないシーンもあったもののエンディングがファンタジックに決まっていたのは意外な収穫でした。
殺戮のインパクトがどれも強烈。叙事詩的な見ごたえある大河ドラマだけれど、人間像そのものはちょっと希薄な気もします。デ・ニーロは控えめ。変態ちっくなファシストのアッチラ=サザーランドが印象的でした。
大プロデューサーが亡き妻に生き写しの女性に恋し、その一方で失墜させられていく姿を描いたフィッツジェラルド原作の文芸大作です。30年代ハリウッドを豪華に再現しつつパワーゲームを見せてくれるエリア・カザン監督作。デ・ニーロは熱演していますが、ちょっと退屈してしまいました。
N.Y.で出逢ったサックス奏者ジミーと歌手フランソワーズは愛し合いながらもぶつかり、結局は別の道を行くけれど…40年代のビッグ・バンド時代を見事に再現するのですが、いまひとつ冗慢な出来なのが惜しまれます。ここでデ・ニーロは特訓の成果というプロ顔負けのサキソフォニストぶりを見せてくれます。演奏シーンもあり、ライザ・ミネリにもおいしいところ。ファッションやノスタルジックな雰囲気が楽しめますが、それ以外はちょっと辛いものがありました。

ミドル級チャンピオンのジェイク・ラモッタの伝記をスコセッシが映画化。怒れる牡 牛と呼ばれた彼のサクセス・ストーリーから、ギャング絡みで破滅して行く姿を克明に追い、アメリカでは80年代ベスト・ワンにも選ばれたというシブイ1本。
スコセッシ&デ・ニーロのコンビだけに、そんじょそこらにある成功物語になるはずもなく、栄光と挫折という光と影を描いた力作となりました。試合シーンの迫力は凄いし、モノクロがきいていて圧巻!デ・ニーロが役のため、4カ月で25キロ増量して見せたのも伝説と化しています。このリアリティは、ちょっとトンでもない!

アイリッシュ・カソリックのスペラシー家に生まれた兄のトムは警部補に、弟デズモンドは司祭に、と相反する道に進むけれど、猟奇殺人事件を機に教会内部の疑惑が…二人の愛憎を通して原罪や偽善を描き出していきます。重く難解なテーマですが、デ・ニーロとデュヴァルが醸し出す息詰まる緊張感を満喫させてくれます。
例によってミサの祈祷文まで暗唱して臨んだ僧侶役だけにデ・ニーロの存在感は凄いし、デュヴァルが非情な捜査官の鋭さで張り合っています。全体的にはとことん地味!

コメディアンを目指すルパートは、人気スターのジェリーを誘拐してTVジャックすることで一晩だけでもキングになろうと…ショウビジネスへの痛烈な批判を込めて、圧倒的なパワーで迫って来るアブナイ狂気の世界です。
またひとつ、デ・ニーロがアッチへ行っちゃってる感じの熱演。往年の名コメディアンのジェリー・ルイスと渡り合うのは、お見事!TVのフロア・ディレクターでスコセッシ監督自身も登場する他、ルパートの母の声やバーの酔っぱらいに監督の母や兄を使って…等々の楽屋オチ固めもスゴイ。
ユダヤ系の移民の少年が成長し、禁酒法時代を経てギャングとしてのしあがっていく姿を幼なじみの愛憎をからめつつ描いた超大作です。
子供時代のシーンで『アマポーラ』のメロディで踊るジェニファー・コネリーの美しさが鮮烈でしたが、成長してエリザベス・マクガヴァンになっちゃうんじゃねぇ…。デ・ニーロvsジェームズ・ウッズも白熱し、ミステリアスな展開を見せてくれます。個人的にはノリきれなかったというか、ラストシーンには力が抜けたものでした。
クリスマス・イヴのマンハッタン、混雑する書店で出逢った建築士フランクとグラフィック・アーティストのモリーは通勤列車で再会し、恋におちるけれど…不倫ブームに火をつけた、雰囲気ある大人のラブ・ロマンス。
N.Y.らしい見せ場もあるし、二人のストイックさも実に良いのでした。さりげない話だけれど、アメリカを代表する名優コンビが演じてヤリ過ぎないのもエライ。デ・ニーロが(ハーヴェイ・カイテルにも言えるコトですが)“普通の人”出来る点には、当然とは思いつつ驚いてしまいます。
18世紀、イグアスの滝の奥地に住むインディオに布教に来たガブリエル神父と、奴隷商人メンドーサが繰り広げる人間ドラマです。。神父=ジェレミー・アイアンズの地味なシブさはマルでしたけれど、冒頭の大瀑布での殉教シーンがあまりにも強烈すぎ、後が続かないというか映像的に完結して乗り越えられないまま終わったような。
おかげで“スタローンの『クリフハンガー』ってモロにミッション系なんですよね〜”…なんて宗教とはかけ離れた意味のスラングとして使っていたりもします。

行方不明になった元歌手を探す私立探偵が南部を訪れ、邪教集団の影が見え隠れする連続殺人事件に巻き込まれていくオカルト・サスペンスです。アラン・パーカー監督の描く闇は、どこまでも暗黒の世界。ニュー・オーリンズ独特の雰囲気も実におどろおどろしています。
エレベーターや黒衣の尼僧のイメージ・ショットがきいているし、黒魔術の深淵を覗き込むようなスリルに満ちています。血みどろのシーンも多いけれど、どぎつさよりも作品全体を包む暗さに圧倒されてしまう感じ。登場人物がみんなミステリアスで、あやしさに輪をかけてくれました。
好き嫌いに別れるところですが、私にとっては相当にヘンな魅力溢れる作品。ひとえにデ・ニーロというトンでもない存在あってこそ成立する作品ある事は確かでしょう。主演がミッキー・ロークであっても、これだけ面白いと思えたのだから…

横領犯マデューカスをL.A.へ連れ帰る仕事を請負った賞金稼ぎのジャックは、ギャング一味とFBIに追われての逃避行に…二人の男の奇妙な友情をコミカルに描いた風変わりなコメディ・アクション!
デ・ニーロが肩の力を抜いて軽〜く賞金稼ぎを演じているものの、表情や間あいの絶妙さはサスガ!彼が巧いのは言うまでもないことですが、相手役をつとめたチャールズ・グローディンのトボけた味が最高の形で生かされ、素敵なコンビネーションを見せてくれます。
、 ベトナム帰還兵のデイヴとメグスの友情を通して、いまだに残る深い心の傷を描き出していきます。静かで地味な作品で、デ・ニーロ&エド・ハリス主演の力量の割には、い まひとつ…の出来。心に引っかかるモノが少ないのが残念。
夫に先立たれ工場勤めを始めたアイリスは、文盲のスタンリーに読み書きを教えることになり、やがて愛が芽生えていくシンプルなラブ・ストーリーです。教える課程がなかなか興味深いし、しみじみとした小品なのも好感が持てました。
フツーのオジサンしているデ・ニーロも良く、彼女を自転車に乗せて走るシーンなどもサマになっています。ジェーン・フォンダはこの作品で引退宣言となりましたが。
脱獄囚ネッドとジムは、ひょんなことから神父になりすまして小さな町に迎えられ、子持ちのモリーに夢中になって…55年の同名作をリメイクしたコメディ小品です。受けに回ってもデ・ニーロのうまさは目を引くし、ショーン・ペンのほほえましいマヌケ加減やデミ・ムーアの逞しさもマルでした。めいっぱい楽しませてくれる1本。
幼い頃からマフィアに憧れていたヘンリーはジミーやトミーとつるんで本格的にその世界に入り…彼らの長年にわたる友情と挫折の物語です。実話を映画化しているので展開に無理が望めないぶん、リアルなマフィア像になっていました。
デ・ニーロの狂気をはらみながら静かに構えたジミー像はシブイ!対照的なトミー=ジョー・ペシの“動”のキャラクターと比べ、語り部であるヘンリーのレイ・リオッタがいまひとつ弱いような。あのヒキツリ笑いは健在ですが…。
スコセッシ監督には心塞がるタイプが多いのですが、さりげな〜く高度な撮影テクニックを入れてくるのがスゴイ。
実話となると、どうしてもストーリー展開の限界を感じさせられるのですが、奇跡の夏の不思議さはフィクションを越えるものがあります。メッツ優勝の年にそんな事もあったなんて…先入観の誤算もあり、例えば「30年の昏睡から目覚めた」と聞いて、そんなに急に起きて歩けるるものだろうか?と思ったのですが、寝たきりだった訳ではなく痴呆状態で介護を要する患者だったのですね…と納得。
とにかくデ・ニーロには驚かされました。精神科医がリアルと太鼓判を押す程でしたが、素人目に見てもこれは凄い!このところ肩の力を抜いて受けの芝居が多かっただけに、久々のアプローチには心底ゾッとさせられます。ヤリ過ぎという点に難を感じる方は多いでしょうが、これはもう迫真の演技と言うより究極のリアリズムだと思えました。
ロビン・ウィリアムズは熱血漢のイメージが固定して“ムサいけど善人”という役柄が多いのが気になりますが、デ・ニーロとタイマン張れるのはコレだな…と思わせるものがありました。ただ、もっと突っ込んで絡んで欲しかったけれど、あとは人間的魅力でカバー!
浦島太郎の様な話ですが、そのカルチャー・ショックより人間の尊厳に重きを置いた感じ。ただ、それを明確に打ち出すにはもう一息ですし、前半の痴呆状態の患者に笑いを起こす作り方に関しては、どこか疑問です。チョイ役ながらマックス・フォン・シドーが渋い学者肌の老医師そのものだったのと、『エクソシスト』以来ひさびさに目にしたウィジャ・ボードの使い方が印象的でした。

そう速くは見えないけれどズシッとくる直球…という感じ。長年のプロデュース業を経て監督第1作を撮ったアーウィン・ウィンクラーは正攻法で50年代ハリウッドを席捲した「赤狩り」を再現してくれました。初めてこの言葉を聞いたのは『追憶』でした。メイン・テーマではなかったものの何の事だろう?と調べて驚いたものでしたし、ウディ・アレンの『ザ・フロント』はブラック・リストに載ってしまった作家が右往左往するブラック・コメディでした。その魔女裁判の様子までを描き出したこの作品によって、よりリアルな実感?が湧いてきたように思えます。
ハリウッドのタイクーン、ザナックが実名で登場し、撮影所ではモンローの『紳士は金髪がお好き』が進められていたり(撮影風景の西部劇は「おおぉ〜!」と思うことでしょう)何人かの監督やスターも実名で語られ、その辺りでは過去回顧っぽいかと思ったら、ストーリーはどんどんシビアーになって行きました。主要人物は実在人物のモデル像が浮かぶ作りなので、セミ・ドキュメンタリーの様な感覚もあります。
逆説的に言えば当時の映画人はインテリであり世間知らずだからスケープ・ゴートとして、あえて辛酸をなめる結果になったということにもなるのでしょうが、自分の信念を曲げずに、周囲を告発しない事を貫いた人々は尊敬するに値すると思えます。
主人公の監督がデ・ニーロ、別れた妻がアネット・ベニング、監督役でスコセッシも俳優として共演していますが、さすがにニューヨーカーなので凄い早口。長年のパートナー・シップを反映してか、良い味を出していました。また、弁護士のサム・ワナメーカー自身が赤狩りを逃れてイギリスへ渡った経歴の持ち主であり、その彼の口から原題である "GUILTY BY SUSPICION"が語られるというのも、後で思うと感慨深いものがあります。ハリウッド映画史のお勉強という意味でも、重みのある硬派の1本でした。

『地獄の黙示録』の製作過程のドキュメンタリーです。新たなインタビューやエリノア夫人が撮ったフィルムやプライベートな録音テープ、カットされた場面、オーソン・ウェルズのラジオ・ドラマ版などもおさめた盛りだくさんな内容。
撮影が難航して製作費も膨れ上がる中、煮詰まる映画監督の姿をジックリとらえています。プレッシャーの中で現場の空気がベトナム戦争の狂気と一体化していくような怖さがありました。本編より面白いドラマが展開されています。
主役は「火」です。生き物のように徹底して映し出される火事場の臨場感に、人間ドラマは食われてしまったみたい。消防士の話って地味なのに金喰い虫なのか、決して多くはないですよね。最近では宇宙に、海底に…と広がるステージの中、地上にもこんな大スペクタクルが残っていたのだと思えました。やさしい映画の多いロン・ハワードは、「愛」をメインテーマに正攻法で来るなぁという気がます。
さて、一枚看板背負って立てるデ・ニーロやサザーランドを脇役に従えての、新鋭ウィリアム・ボールドウィンにカート・ラッセル…これだけの大作なのにB級の雰囲気が漂うから不思議です。特にラッセルやスコット・グレンは、ブルーカラーとか「叩き上げ」という役柄がハマリます。ドナルド・サザーランドの本家エキセントリック健在も嬉しいところ!あの瞳はスゴイです。
バック・ドラフト現象で、すぅ〜っと火が引いて行くところは恐かった〜!消防士の現場を、ここまで丁寧に詳細に描いたのは珍しいと思いました。
出所したマックスが弁護士サムへの復讐に燃えるサスペンスです。初めは「あんまりスコセッシっぽくないな〜」と思えたのですが、ドロドロした怨念がジワジワ見えてくると、さりげなく散りばめられた宗教色もあって「きたきた」の納得モノでした。
ストーリー自体はホラー・サスペンスに「ありがち」で新鮮味も薄いはずなのに、底知れない執拗な嫌らしさで一級品になっています。一流シェフが冷蔵庫の残りモノでも豪華なディナーに仕上げてしまうとゆーのと一緒でしょうか。ビックリ箱ホラーとは一線を画した性質のコワさがありました。個人的には繰り返し見たいタイプじゃないし傑作とまでは思えませんが、引きずり込まれてしまったのは確かです。冒頭の映画会社のマークが水に流れるように歪んで作品が始まり、ラストクレジットには水音が聞こえ続ける…水と相反する火の印象もまた際立って残ったような気がしてきます。
マンハッタンの三流弁護士ハリーは、古き良き時代のボクシング試合を復活させようと、往年の名選手アルを仲間に引き入れて興行にのりだすけれど…ジュールス・ダッシン監督の『街の野獣』('50)のリメイクです。舞台をロンドンから現代のN.Y.に移しているせいか、なんとなく無理がある感じ。事件記事から訴訟をあさる“アンビュランス・チェイサー”のハリーとバーのオーナーの妻ヘレンとの恋よりも、しがない人間模様がメインになっている。デ・ニーロにしてはおとなしめ!?
狂犬と呼ばれながらも臆病な刑事ウェインはひょんな事からギャングのマイロとお近づきになり、身の回りの世話をしてくれる若い女グローリーが送りこまれてきて…どうにも中途半端なラブ・コメディ。
デ・ニーロが終始どっちつかずの煮えきらないヤツだし、ユマ・サーマンもハッキリしない存在、ビル・マーレイに至ってはものすごくヘンなんだけど普通の人 らしいし…全編にわたって違和感と疎外感がつきまとってしまいました。
主人公を生半可な純情おぢさんにしたくなかったとしても、ガッつきゃ 良いというワケではないし、オトシマエつける前の悪あがきはなどは何だったの?と疑問。どこもかしこもチグハグで、それが狙いだったのにしろ、笑いへと昇華せずに通り過ぎていくようで、ストレートに楽しめない不満ぷすぷすモノ。
メアリー・シェリー原作に忠実につくったゴシック・ホラー。荘厳な予告篇&ケネス・ブラナー作品というコトから「こんな感じかな〜」と想像した通りの仕上がりでした。スタイリッシュなドラキュラに比べ、フンガ〜というイメージしか持っていなかったフランケンだけに、デ・ニーロの新スタイルも割にスンナリと受け入れられたような気がします。どちらかと言えばフランケンシュタイン博士の葛藤の物語という感じで、あちこちに散りばめられた象徴性みたいなものも楽しめました。後半はモンスターの悲哀がグイグイ出てくるし。
デ・ニーロよりジョン・クリースの大変身にはひたすらビックリ!暑苦しいタヌキ嬢ヘレナ・ボナム・カーターは昔から好きになれないヒトなのですが、それとは別のレベルで毎度ハマりきってるなぁ…と感心してしまいます。さらにイアン・ホルムとなるとヒジョ〜に英国ノリになるのが嬉しいところでもあります。エイダン・クインはこ〜ゆ〜恰好の方がシブくて好きだな〜

ロバート・デ・ニーロ初監督作品ですが、淡々として地味な仕上がりは他の俳優監督の作品傾向と同じです。もっとも俳優としての力量が超一流の彼だけのことはあって、演出者としての目もかなり確かという印象でした。視点に立ったカメラワークを入れてみたり…という目立った凝り方もあったし、なによりニューヨーク&イタリア系、といった身近な素材となれば地に足のついたものでしょう。
ブロンクスで育つ少年がギャングの顔役に憧れ、ひょんな事から彼とお近づきになって可愛いがられるようになります。実の父は対照的なカタギのバス運転手で、まさに2人の父がいるような状況の中で成長していく少年の姿が描かれます。善悪の曖昧なグレイ・ゾーンの中で、逆にバランスの取れた急成長を遂げたとも見えるものです。似たようなタイプの『ビリー・バスゲイト』に比べると遥かにスンナリ入ってくる展開という印象です。
いろいろなエピソードが綴られていきますが、最後にしみじみさせられてしまいます。ギャングにまつわる話だけれど、暴力礼賛というのではなく、そういった環境にあった少年の郷愁ならではの余韻というか…。
主人公の父親を自ら演じているので、必然的に息子役は彼に似た子を起用することになり、それがデ・ニーロの自伝的作品という印象をもたらすのですが、元々は一人芝居の舞台劇だったというのは意外でした(とはいえ、やはりかなり近いものを感じます)。ソニーを演じていたチャズ・パルミンテリはスタローンの『オスカー』などで見覚えはありましたが、原作の劇作家でもあったというのにはパンフを見てビックリ。無名キャストも多数起用されていますが、息子役の幼い方はまつげバチバチだし成長するとデ・ニーロ似に、仲間達も成長と共にスンナリ移行してしまうキャスティングも絶妙。
ギャング系を期待したわけでもなかったのですが、ナレーション多用のうざったさに、ひたすら閉口してしまいました。デ・ニーロはスコセッシと組むとより一層ハマり込みが違うし、ツリ目にしたペシや熱演シャロン石も悪くはないのですが、ちょっと肩透かしという感じがなきにしもあらず…でした。
ドキュメンタリーのような前半と、カジノを仕切る頭脳明晰主人公・幼馴染みの凶暴ギャング・金の亡者妻…3人の歯車が狂いだす後半のドロ沼愛憎劇を3時間に盛り込んでいるものの、話がチマチマとしたところでまとまってしまったような印象でした。3人の誰もが基本的にヤなヤツということも影響しているのかも…。スコセッシ作品に共通して言えるのは、頭では面白さが理解できるんだけれど、心や感覚や肌が拒絶反応を示してしまうということでしょうか。
70年代の悪趣味ファッションはかなりのもので、細かい部分にも登場人物の性格がにじみ出ているようでした。緊迫感あるステディカム・シーンのような技術的スゴさでもって、荘厳な悲劇を盛り上げているので「タップリ観たぁ〜」という気にはさせられましたけれど。
予告を見るたびに「自分の好きな選手の子供を誘拐するより、相手方を脅す方が効率いいんじゃないの?」と思えたのですが、なるほどこ〜ゆ〜事情だったのかと納得!想像以上に無気味だったし、『タクシー・ドライバー』のトラヴィスの変形オヤジ版を観ているかのような戦慄が走りました。
ごく一般的なファン心理が歪み、エスカレートしていくワケですが、ここまでくると流石デ・ニーロ!のスゴさ。偶像の素顔はどうあれファンを大切にして欲しい…というのは誰しも大なり小なり願うものですが、身の回りのあらゆる憎悪が反転したファン心理に込められてしまう極端さにはゾッとさせられます。ターゲットにされるスナイプスも、強そうに見える人の脆さを漂わせているので、別にネは悪いヤツじゃないじゃないか〜と同情してしまえます。名声を得た人(あるいは人気商売)というのも大変なものなんだなぁ…
最近はニュースでも「ストーカー犯罪」が取り沙汰され、この作品もよく引き合いに出されますが、「変質者」に新しい名称が与えられただけで今に始まったことじゃないような気はします。このところホラーに近いサイコ・サスペンスは決まってつかみあい死闘のドロ試合でクライマックスを迎えるものばかりでしたが、こういったネットリくる後味悪さは評価したくなります。もっとも、もうちょっと何か…という印象もなきにしもあらずでしたが。