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アル中宣言
AL
Mr. Al Pacino
301 W.57th St. #16-C
New York, NY 10017,
USA

★『ヴェニスの商人』は10/29日本公開。公式サイトはこちら

★新作"TWO FOR THE MONEY"は10/7アメリカ公開。公式サイトはこちら

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★『エンジェルス・イン・アメリカ』公式ページはこちら




Since July, 1997




PROFILE

本名は Alfred James Pacino
1940年4月25日、ニューヨーク市マンハッタンで生まれる。シチリア出身の保険セールスマンだった父サルヴァトーレと母ローズが2歳の時に離婚したため、母の実家で祖父母との四人暮らしとなる。最初はイースト・ハーレム、それからサウス・ブロンクスで育った…と本人がインタビューで答えている。幼年時代に映画の真似をして遊んでいたのが演技への関心につながり、また60年代初めの実験的演劇やスクエア時代の初期サークル、カフェ・シアター時代の演劇鑑賞で刺激を受けたという。

14歳でチェーホフの『かもめ』の舞台に参加したのをきっかけに、ニューヨークのパフォーミング・スクール・オブ・アーツ(アラン・パーカー監督作『フェーム』の舞台となった芸術高校)に進むが17歳で中退。

以降は小さな劇団に所属していたとも言われるが、さまざまな職(雑誌社の郵便係、ウェイター、ビル管理人、時計店、印刷工、塗装業、機械工、セールスマン、映画館の案内係などの経験があると伝えられる)を転々として資金を稼ぎ、59年に演劇学校ハーバート・バーゴフ・スタジオに入り、チャールズ・ロートンに師事。66年から69年までリー・ストラスバーグ主宰のアクターズ・スタジオ門下生となってメソッド演技を学び、アングラ劇団ラ・ママ、リヴィング・シアターなどで実験的な自作自演を始める。

本格的な舞台デビュー『The Indian Wants Bronx』でオビー賞主演男優賞、翌年の『Does a Tiger wears necktie?』でトニー賞助演男優賞、シアター・ワールド新人賞、ドラマ・ディスク賞を受賞し、注目を集めるようになった。

69年にパティ・デューク主演『ナタリーの朝』の端役で映画デビュー。71年の初主演作『哀しみの街かど』がカンヌ映画祭で評価され、フランシス・フォード・コッポラ監督の目にとまって無名ながら大作『ゴッドファーザー』に抜擢され、映画界でもキャリアを築いていく。

ジル・クレイバーグ、チューズデイ・ウェルド、ダイアン・キートン、キャスリーン・クィンラン、マルテ・ケラー、ダイアン・キャノンなどと交際があったが、独身を通している。芸能人ではない女性との間に娘Julie-Marieがいる未婚の父でもある。1999年に女優ビヴァリー・ダンジェロとの間に双子のアントンとオリヴィアが誕生した。もっとも、私生活を売り物にしない実力派大物俳優ゆえ、メディア側もそのあたりは避けて通りがちなのでプライヴェート情報は少ない。

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STAGES

1966−Hello Out There (デビュー作)/ The Peace Creeps
1967−American Hurrah / Awake and Sing
1968−The Indian Wants the Bronx ★オビー賞
1969−The Local Stigmatic
Does a Tiger Wear a Necktie? ★トニー賞
1970−Kilroy / Rats (兼演出)
1972−The Basic training of Pavlo Hummel ★トニー賞
1973−Richard III (シェイクスピア作『リチャード三世』)
1975−Arturo Ui (ブレヒト作『アルトゥーロ・ウィの興隆』)
1977−The Basic training of Pavlo Hummel ★トニー賞
1979−Jungle Cities
1980,81,83,88−American Buffaro (マメット作『アメリカン・バッファロー』)
1988−Julius Caesar (『ジュリアス・シーザー』)
1992−Salome (ワイルド作『サロメ』) / Chinese Coffee
1995−A Day To Remember
1996−Hughie (兼演出) / The Father (ストリンドベリ作『父』)
1999−Hughie
2002−The Resistible Rise of Arturo Ui (ブレヒト作『アルトゥーロ・ウィの興隆』)
2003−Salome: The Reading (オスカー・ワイルド作『サロメ』朗読劇)


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Al
ALholic アル中宣言 《極私的アル・パチーノ論》

私は30年ほどアル中をわずらっています。末期的症状の重症患者です。正式名称はアル・パチーノほりっく…アル菌キャリアの長さだけが取り得みたいなものです。出演作が日本公開されないと禁断症状に悩まされたものでしたが、今ではビデオやLDがあるので命びろいしています。逆に年に3本もの新作が…となると狂喜のあまり心臓に悪いという困った病です。

『ゴッドファーザー』で初めて彼を知った頃はまだ字幕にも外国人の顔や名前を把握することにも慣れていなくて、筋を追うのが精一杯でした。それなのに不思議とアルだけが判別でき、それこそミーハーの基本的本能とでも言えそうな状態でした。よくわけもわからず、それでもアルの瞳の哀しさにハートを鷲づかみされたというか…このテの熱は麻疹みたいな一過性のものだと侮っていたら、成長するほどに自分がしぶと〜い性格だということを知らしめられる結果となりました。

あの頃はまだ地方にも名画座があり、見逃した初期作品もスクリーンで観てこられたのは本当に幸せでした。アルはメディアに出まくってくれるような性格ではないので、得られる情報もごく限られたものでした。未だに映画宣伝での来日ゼロという人も珍しいのではないでしょうか。だからこそ遠すぎて手の届かない"銀幕だけで会える人"であり続けたのかもしれませんが

ひとつの役を演じるにも徹底したリサーチを重ね、あらゆる角度からアプローチして創造していくのは、まさにアートの世界です。そこにシャイな素の部分が見え隠れし、ふとした瞬間になんともいえない哀愁が漂ってきます。それは長身の二枚目スターとはまったく異質のオーラでもあります。

AL and CAT

同時期に登場したイタリア系のロバート・デ・ニーロ、あるいは容姿が似ていたダスティン・ホフマンらが(“演技派”という共通点もあって)よくひきあいに出されたものでした。映画賞や出演本数では、アルはだいぶ水をあけられた感じでしたが、舞台にこだわり続ける姿勢ゆえかもしれません。演技の巧拙というのは実に曖昧だし、観る者の好みに左右されるもの。とはいえ『セント・オブ・ウーマン』でのアカデミー主演男優賞は、本当に「やっと!」の感慨ひとしおでした。

仰々しくこのコーナーを作ってはみたものの、アルの魅力はファンなら百も承知だし、興味の無い人には説いても判ってもらえないことでしょう。でもやっぱり大声で「好きだあぁぁ〜っっ!!!」と叫ばずにはいられなかったりするし…

アルがリチャードを探したように、私はこれからもずっとアルを探し続けていくつもりです。

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LINKS

MOVIEGOER…Riekoさんの映画ページ。アルの貴重な直筆サインも必見!

zvolan…Zvolanさんの画像いっぱいページ!


Mr. Al Pacino…Heavy Soulさんの日本語ページ

『ゴッドファーザー』サイト…YAHOO!JAPAN カテゴリー

kakuni…猿取理央さんの似顔絵ページ。休止中

Sal Pacino…ある意味最強!実父サルヴァトーレ氏のサイト

FamousLocations.com...映画ロケ地データベース

King Net 電影台...アルのデータ&出演作を中国語で見ると…

Al Pacino's Loft IMdB
The Ultimate Al Pacino Page Pacino's Way
The Al Pacino Fan Page [Todd Bacile] Al Pacino to the MAX
Carlito's Way Fan Page The Al Pacino Page
Arts of Al Pacino The Brilliance of Al Pacino
The Legend that is Al Pacino Al Pacino Page
The DeNIRO / Pacino Page Rotten Tomatoes: Al Pacino
Nightmare's Al Pacino Page The Movie Times: Al Pacino
InternetMovie Data Base Leon's: Russian



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